神戸地方裁判所豊岡支部 昭和43年(ワ)7号 判決 1969年1月22日
原告
山岸敏雄
ほか一名
被告
寺田富士夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告両名訴訟代理人は、被告は原告山岸敏雄に対し、金二、四三九、七二五円、原告山岸操に対し、金二、一六二、三九八円及びこれらに対する昭和四三年二月九日より支払ずみに至るまで年五分の割合の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする旨の判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり陳述した。
一、事故原因
訴外亡山岸富美男は原告両名の子である。昭和四二年一一月九日富士男は、出石高校を下校して自動二輪車(出石町ろ―九四六号)にて自宅に帰るべく、県道上を運転して同日午後五時四〇分ころ、出石郡出石町小人一四一番地先に差しかかつたところ、反対方面から被告が普通貨物自動車(姫路四ぬ五〇三二号、以下単に普通貨物と記す)を運転し、時速五〇粁以上で南から北に向け右県道左側を進行してきて、富美男の前を同じく南行している軽四輪貨物自動車(姫路六え一四一四号、以下単に軽四輪と記す)と安全に離合することにのみ気を奪われで、折柄右軽四輪を追越さんとして道路中央部に進出してきた富美男運転の自動二輪車を八・七米の手前で認め、ハンドルを左に切ると共に急制動の措置を講じたが及ばず、同車の右前部を同人の上体に接触転倒させ、よつて同六時二〇分死亡するに至らせた。
二、責任
右衝突現場附近道路は、幅員七米で舗装もされておらず、かつでこぼこの多い田舎道であつて、その日は降雨のため、水溜があちこちにある悪い道路状況であつた。それに当時既に暗くなつていたので被告は慎重に運転してとつさの場合にも対処し得るよう運転すべきであるのに時速五〇粁以上で飛ばしてきたために、富美男を発見した際、適宜の措置を講じ得ず、ために接触死亡するに至らしめた。
仮に、富美男が先行車(軽四輪)を追越すについて過失があつたとしても、被告は、右富美男と接触する直前に、僅か七・一米の幅員路上で三輪貨物自動車(以下単に三輪と記す)とすれ違い、又その直後右軽四輪ともすれ違つているのであるから、かかる場合、対向車と安全に離合することは勿論、対向車の後方に他の車両があり、その車が追越して来ることもあり得ることを考慮して減速徐行し、もつて危害の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、前記の如き悪条件の下に、右道路上を漫然時速五〇粁以上で飛ばし、対向車とすれ違う際も減速徐行せず、対向車の軽四輪と離合することのみに気を奪われて、その後方から富美男が進出しても、十分対処し得るような態勢で運転せず、かつ前方注視が不十分であつた。被告に過失があつたと主張する所以である。
よつて、被告は右普通貨物の保有者として、自動車損害賠償保障法第三条及び民法第七〇九条による損害賠償義務がある。
三、損害
1 得べかりし利益
イ、富美男は健康にして成績優秀な生徒であつた。第一一回生命表によると平均余命年数は五二・七九年である。従つて、少くとも二〇才から四〇年間は就労可能である。
ロ、労働大臣官房労働統計調査部発行「昭和四一年賃金構造基本統計調査報告」によると、男子二〇才から二四才までの平均月間定つて支給する給与額は二四、二〇〇円、平均年間特別に支払われた現金給与額は六四、三〇〇円であるから、年間総計は金三五四、七〇〇円である。
ハ、富美男の生計費を考えてみるに、総理府統計局発行「家計調査報告」(昭和四二年九月分)によると、全国の世帯人員数四・一三、消費支出費五三、三〇二円となつている。一人当りの支出費を算定すると月額一二、九〇六円であり、年額にして金一五四、八七二円となる。従つて年収三五四、七〇〇円から、右支出費年額を差いた額、すなわち一九九、八二八円が純収入となる。
ニ、ところで、富美男は二〇才から四〇年間は働き得るから、右金一九九、八二八円を基準として四〇年間の収入をホフマン式計算により現在価額に直すと、四、三二四、七九七円となる。
199,828円×21.6426=4,324,797円
右が本件事故により喪失した富美男の得べかりし利益であるが、原告両名は右損害に対する賠償請求権を各二分の一宛相続するものとして、その相続分は各金二、一六二、三九八円である(円以下切捨)。
2 原告敏雄の支出した費用
イ、葬式費 金七九、五二六円
寺僧に対するお礼一六、〇〇〇円、その他一切の費用六三、五二六円、計七九、五二六円
ロ、単車代 金三五、〇〇〇円
ハ、本件訴訟に要した弁護士費用 金一〇万円
3 原告両名の慰藉料
原告両名は、末子である富美男が成績優秀かつ健康体であつたので将来を非常に期待していたところ、突然の事故のため、一瞬にして生命を喪つたのでその非嘆は大きく、慰藉料として各金一五〇万円を請求する。
四、請求額
右によると、相続によるものを含め原告敏雄の損害は合計三、八七六、九二四円、原告操の損害は三、六六二、三九八円となるが、原告両名は自動車損害賠償保障法による保険金二四〇万円を取得したので、右各額から保険金の半分である一二〇万円宛を差引くと原告敏雄は二、六七六、九二四円、原告操は二、四六二、三九八円となる。
そこで被告に対し、原告敏雄は右内金として金二、四三九、七二五円、原告操は右内金として金二、一六二、三九八円及びこれらに対し本訴状送達の日の翌日である昭和四三年二月九日より支払ずみに至るまで年五分の割合による利息の支払を求めるため本訴に及んだ。
被告の主張に対しては、本件事故が亡富美男の一方的過失及び運転技術の未熟さにもとづくものであること、殊に無灯火であつたこと、追越時に方向指示器を出さなかつたこと、その他原告の主張に反する部分は全部否認すると述べた。〔証拠関係略〕
被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、原告の請求原因事実については、一項(事故原因)中、被告が時速六〇粁以上で進行してきたとの点及び富美男の前を南行している軽四輪と安全に離合することにのみ気を奪われてとある点は否認し、その余は認める、二項(責任)及び三項(損害)はいずれも争うと述べ、抗弁として次のとおり主張した。
すなわち、本件事故はもつぱら次に述べる如く富美男の一方的過失及び運転技術の未熟に基因するもので、被告には全く過失なく、かつ当時被告の車には構造上の欠陥又は機能の障害なく、従つて何らの賠償義務がない。
一、事故当時はもはや初冬の夕暗時で、一般通行車は皆前照灯をつけて走つていた時刻であつたのに富美男は無灯火で走つていた。また追越しをしようとすれば、方向指示灯でも出しておけば対向車等の注意を喚起せしめるに役立つたであろうにこれもしなかつた。
二、富美男は本件事故直前、先行の軽四輪を追越すべく、その右側に出ようとした際、運転技術の未熟さより同車の後部バンバー右端附近に自己の車を接触せしめ、そのためハンドルさばきの自由を失つて道路西側に向け、斜によろよろ運転で出て行き、対向する被告の普通貨物の直前に暴走してきたもので、もはや被告に対し危害防止の措置を期待することは到底できない情況下における事故であつた。
三、本件事故現場附近の道路幅員は二車線として十分なものであり、見透しもよく、雨天の場合で、かつ対向車があつたからとて特別減速を義務づける情況の場所ではなかつた。
四、本件事故については検察当局も被告の過失を認めず、従つて被告に対しては刑事責任をも問うていない。〔証拠関係略〕
理由
先ず事故原因及び被告の責任について考えてみる。
昭和四二年一一月九日、山岸富美男が出石高校を下校して自動二輪車(出石町ろ―九四六号)にて自宅に帰るべく、県道上を運転して同日午後五時四〇分ころ、出石郡出石町小人一四一番地先に差しかかつたところ、反対方向から被告が普通貨物を運転し、南から北に向け右県道上左側を進行してきたこと、富美男が自分の前方を同方向に進行していた軽四輪を追越そうとして道路中央部に進出した際、被告が富美男の自動二輪車を八・七米の手前で認め、ハンドルを左に切ると共に急制動の措置を講じたが及ばず、同車の右前部を同人の上体に接触転倒させ、よつて同六時二〇分死亡するに至らせたことは当事者間に争いがない。
〔証拠略〕を綜合すれば、本件事故現場である出石郡出石町小人一四一番地先の県道(福知山出石豊岡線)の道路状況、事故関係車両の状況を次のとおりと認定することができる。すなわち、(1)同所附近には人家や街路照明などの設備なく、有効道路幅員約七・一米の舗装のないいわゆる地道であつて、各所に小さい凹部が点在しているが、悪路という程度でなく、運転技術さえしつかりしていれば、普通に走行できる道である。北方及び南方とも見透しを妨げるもののない、ほゞ直線の道である。なお当時は降雨のため路面が湿潤した状態であつた。(2)警察の実況見分にあたり、事故現場附近の道路のほぼ中央部に、南北約二・九米の長さの条痕一本(急制動によるスリップ痕と異り、横倒しになつた状態の単車の車輪で路面を擦つた様なもの)とその条痕のほゞ北端に少量の流血が、道路西側部分に自動車の両輪によりできたと認められるスリップ痕二条(そのうち西側寄りのものは前記二・九米の条痕の西方よりやや斜に道路側端に向い、長さ約一三・九米、中央寄りのものは右スリップ痕の北端に対応した部分長さ約三・三米)が発見されている。そして富美男の帽子が西側路外に草むらにはねとばされていた。(3)被告運転の普通貨物は右前部フエンダー前端部が僅かに凹み、この部分の塗膜が剥離し、その位置は地上高約七五糎、右前輪及び車体右側に擦過痕等が認められたが、ハンドル、ブレーキ装置には異常がなかつた。山岸富美男運転の自動二輪車は前輪泥除の前端左側部分に長さ約六糎、幅約三糎の新しい擦過痕が認められ、その位置は地上高約五二糎、他に前部右方向指示灯のガラス破損、右側ステップの曲り、左右両ポケットのネジボタンの根もとのひゞ割れが認められるのみで、大きな損傷はない。軽四輪は後部バンパー右端の部分に縦約四糎、横約二糎の擦過痕が認められ、その位置は地上高五二糎であつた。以上認定に反する証人松井隆男の証言は措信できず、外に右認定を覆えすべき証拠はない。
次に右認定(2)及び(3)の事実と〔証拠略〕を綜合し考究するに次の事実が認められる。すなわち、(1)事故当時小雨が降つていたが、富美男の自動二輪車は、その前を時速約四〇粁で走つていた渋谷三男の軽四輪に追従し、事故現場において先行車を追い越そうとしてその右側、すなわち道路中央部に出ようとしたが、余りに前車に接近してハンドルを右に切つたためと速度の選択を誤つたために、自車の前輪が先行車の後部フエンダー右端に接触し、そのはずみで車の平衡と操縦の自由を失い、ハンドルを過度に右にとられたまま、これを左に切り直して正しく前方に進行する術なく、そのまま斜め前方に(すなわち南西方向に)暴走させてしまつた。(2)一方被告は普通貨物を運転し、道路左側部分を時速約五〇粁で北進し、約四〇〇米前方の対向車、すなわち右渋谷運転の軽四輪、更にその前方を進行の三輪の各前照灯々火を認めた。富美男の運転する自動二輪車は余りに前の軽四輪に接近していたため被告としては事前に発見できなかつた。そして、軽四輪の前方六、七米を進行の三輪と離合する直前、やや道路左側に寄りその速度で進行を続け、そして軽四輪と離合する直前、前方約一〇米の軽四輪の後部右端から突然富美男の自動二輪が中央部に出てくるのを自車の前照灯によつてこれを認めた。被告は自動二輪が軽四輪を追い越すものと判断し、非常識な追い越しだと思いながら、ややハンドルを左に切り、ブレーキを踏んで徐行態勢に入つたが、間隔も若干あるのですれ違えると思い急ブレーキは用いなかつた。しかしその一瞬後自動二輪は平衡を失つた恰好で進路を直さず、そのまま斜に被告の方へ接近してきたので急ブレーキと共にハンドルを左に切つて避譲せんとしたが、自動二輪車は普通貨物の前部右端附近に接触し、富美男の身体は被告の車の運転台左ドア附近に、態勢が崩れたようにあたり自動二輪車から落ちてその場に転倒し、右自動二輪車は被告の車の右側をかすつて富美男よりやや南方に倒された。(3)被告の普通貨物と渋谷の軽四輪との離合直前の双互の間隔は明確でないが、検証の結果によれば、同検証見取図でいうと(B)地点進行車右側と道路西側端との間隔五・四五米から、(A)地点進行車右側と道路西側端との間隔三米を差引いた二・四五米前後と推定される。以上認定を覆えすに足りる証拠はない。
右当事者間に争いのない事実と前示各認定事実によると、本件事故は富美男が対向車が接近しているのにかかわらず、前車の軽四輪を追い越すため、同車の直後よりその右側方に進出せんとして運転を誤り、軽四輪の後部フェンダー右端に接触したためハンドル操作その他運転の自由を失い、被告の運転する普通貨物の進路に暴走した過失に基因すると考えられる。一方前示各事実に徴し、被告側にも過失があるかどうかの点を考えるに、被告が富美男の車を発見してからとつた前示認定の措置には何ら責むべき点はなく、当時としてはもはや本件事故発生は不可避というべき状況かと思われる。更に注意を尽せばもつと早期に富美男の車を発見できるのではないかという点も考えてみたが、富美男の前車への追従(軽四輪の前に三輪が走つていたことも考えねばならない)或いは追越の状況が前示認定のとおりである以上、被告として早期発見を期待できない情況であり、前方注視を怠つた過失ありとは考えられない。また被告が本件現場附近を時速約五〇粁で進行してきた点(被告の車のスリップ痕―スキッド、マーク―は一三・九米であるから、湿潤した地道における磨擦係数を〇・五とみて、制動初速度を推定するに時速四〇粁強となる。判例タイムズ二一二号、二三二頁「スキッドマークの長さからの車速の推定について」中、第3図、第4表参照)、右三輪や軽四輪と離合するにつき、更に減速しなかつた点も、道路状況や対向車とのすれ違いの間隔を考慮すれば過失とはいえないし、原告主張の如き、離合に際して、常に対向車の後方には他の車両があり、かつその車が前車を追越して自車進路に進出して来ることもあり得ると想定し、予め減速徐行すべしとの注意義務が自動車運転者に要求されているものとは考えられない(仮に対向車に後続車あるのを発見していた場合であつても、予め追越合図をしているとか、殊更中央線に寄つて、前方をうかがうとかの、特段の事情のない限り、そのまま前車に追従するであろうことを信頼しても注意義務違反はないと考えるべきであろう)。そして前示の如く被告の運転していた普通貨物にはハンドル、ブレーキ装置は異常がなく、本件事故と因果関係をもつ車両構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことも明らかである。
要するに本件事故が被告の過失にもとづくと認むべき証拠なきはもとより、既に説示したところから、本件は自動車損害賠償保障法第三条但書の免責事由を充足するものというべく、この点の被告の主張は理由がある。そうすると被告には不法行為の責任も(本件請求には物損に対するものが含まれている)自動車損害賠償保障法による自動車保有者としての賠償義務も認められず、従つて原告のその余の主張について判断するまでもなく本訴請求は失当であり、棄却を免れない。
訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用し、よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 金山丈一)